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放射線が細胞に影響を及ぼす仕組み

放射線とは?

イオン化放射線と呼ばれるものには、X線、ガンマ線、ベータ線(高速の電子)、アルファ線(ヘリウムの原子核)、中性子線、陽子線、重粒子線(ヘリウム、アルゴン、窒素、炭素などの原子核で、宇宙から飛来するものもあるし、特殊な装置を使って人工的に作り出すこともできる)などがある。X線・ガンマ線は、光と同じ性質を持った電磁波であるが、可視光よりもずっとエネルギーが高い(波長が短い)。紫外線は可視光とX線・ガンマ線の中間のエネルギーを持っており、細胞に傷害を与える(日焼けでおなじみ)。しかし紫外線はX線・ガンマ線とは異なり、分子や原子のイオン化(電子の喪失)は生じないで励起(電子のエネルギーレベルが上昇する)を生じる。また、影響を受けるのは皮膚表面だけで体の内部には届かない。その他の放射線は負の電荷を持つもの(電子)、正の電荷を持つもの(陽子、アルファ線、および重粒子線)、電荷を持たないもの(中性子線)がある。

イオン化(ラジカル形成)

ベータ線(高速の電子)を例にとって説明しよう。電子は細胞の中を走る際に周囲の分子と相互反応してそのエネルギーを失う。この際周囲の分子に与えられたエネルギーは通常の化学結合を切断してしまうほど大きい。その結果、ラジカル(あるいはイオン)が生じる。このラジカル形成と、通常の化学反応で生じるイオン形成とはどこが違うのであろうか?

塩(NaCl)を水に溶かすと、Na+とCl-が形成されるのはよく知られている(どちらもイオンと呼ばれる)。個体状態でNaとClが結合しているのは、どちらも単独では不安定だからである。イオンになっていない原子が持っている電子の数は、核にある陽子数と同じである。この電子には軌道があって、それぞれの軌道には何個まで電子が入れるか決まっている。例えば一番内側の軌道には2個、その次の軌道には8個、そのまた次の軌道には8個というように。それぞれの軌道は電子で完全に満たされている時が最も安定で、ヘリウム、ネオン、アルゴンといったガスが化学反応しないのはそのためである。

ナトリウムNa原子は最も外側の電子軌道に1個の電子しか持っていないが、その内側の軌道には8個の電子がある。だからNaは最も外側の軌道にある電子を1個失うと安定する。これに対して、塩素Cl原子は、最も外側の電子軌道には7個の電子があるので、もう1個電子を獲得して8個になると安定する。NaとClとが結合している場合には、最も外側の軌道にある電子を互いに共有して安定化しているわけである。一般の化学反応でNaやClが電子を失ったり得たりして他の原子と反応するのは、この最も外側の軌道にある電子に限られている。

NaClを水に溶かした場合には、Na原子とCl原子とが分離する際にClはNaと共有していた電子を持ったままで分離するため、Naは電子が1個失われた状態(Na+)、Clは電子を1個余分に獲得した状態(Cl-)となる。このような場合、プラスとマイナスの電荷の総量はゼロである。これらの電荷を持った原子をイオンと呼ぶ。イオンは電荷を持っているが化学的には安定である。

電子が細胞の中を通過する場合は、電子が走る道筋(「トラック」という)に沿って、周辺の分子との間に相互作用が働いてエネルギーがばらまかれる。ここで放出されたエネルギーはトラックの近傍にある原子や分子に吸収されて、その結果「励起」(電子の軌道が高エネルギーレベルに上昇すること)やイオン化(原子や分子からの電子の放出)が起こる。通常の化学反応によるイオン生成と基本的に異なる点は、放射線によって原子がエネルギーを吸収した場合にはどんな電子(最も外側の軌道にあるもの以外の電子)でも放出される点である。そうした原子や分子は「ラジカル」と呼ばれ、大変不安定な性質を持ち化学的に極めて反応性が高い。ラジカルの中には反応性が高いため水溶液中ではわずか100万分の1秒しか存在できないものもある。

X線・ガンマ線の作用は、原子や分子からまず電子を放出させる点がベータ線と異なるが、いったん電子を放出させてしまえばその後に起こることは基本的にベータ線と同じである。正の電荷を持った粒子放射線も、基本的にはベータ線と同じメカニズムでエネルギーを分子に与える。中性子線は電荷を持たないのでちょっと作用が違っている。それはまず水素の原子核(陽子)と衝突して陽子をはじき飛ばすことである。中性子と陽子の質量はほぼ同じなので、ビリヤードの玉突きのように陽子がはじき飛ばされるのである。そうして放出された陽子が周辺の分子にエネルギーをばらまくことになる。

イオン化により細胞に何が起こるか?

放射線による影響は、細胞の構成分子に直接ラジカルが生じることもあれば、放射線がまず細胞の70%を占める水分子に作用してラジカルを生じ、そのラジカルが間接的に細胞構成分子を攻撃する場合もある。ラジカルと周囲の分子との間の反応は極めて短時間に起こり、その結果化学結合が切断されたり、分子の「酸化」(酸素分子が付加される)が生じたりする。細胞における主たる影響はDNAの切断である。DNAは相補的な2本の鎖から成っているので、1本鎖だけの切断と2本鎖の切断の両方が起こる。生物学的に重要なのは2本鎖切断の方である。大半の1本鎖切断はDNAが2本鎖の性質を持っているお陰で元通りに修復される(2本の鎖は写真のポジとネガの関係になっているので、傷の付いていない方の鎖を手本にして傷の付いた鎖を修復できる)。ところが2本鎖切断の場合にはそうした手本がないので、修復は難しく誤りを伴なう確率が高くなる。こうした修復の誤りによって細胞に突然変異、染色体異常、細胞死が生じると考えられている。

放射線被曝により生じるDNA傷害の特性

放射線被曝後生き残った細胞に見られる主たる傷害はDNAの欠失である。これは1本のDNA鎖に離れて生じた2カ所の2本鎖切断(4個の切断端)が修復する際、間違って最も外側の端同士がくっつき、中間の部分が失われて起こる場合(大欠失)と、1カ所の2本鎖切断を修復する際、2カ所の切断端を酵素で消化してつなぎやすい形にする際、部分的にDNAが失われる場合(小欠失)とがある。

生物学的な影響は放射線の種類によって異なる

放射線はその構成成分(電子、陽子、中性子など)だけでなく、そのエネルギーによっても作用の強度が異なる。「トラック」に沿って密にラジカルを生成する放射線のことを「高LET放射線」と呼ぶ。LETというのはlinear energy transferの頭文字をとったもので、線エネルギー付与(トラック1マイクロメーター、すなわち1ミリメートルの1000分の1、当たりに付与されるエネルギーを指す)と呼ばれる(図を参照)。これに対して「低LET放射線」は、トラックに沿ってまばらにしかラジカルを生成しない放射線を指す。従って細胞はほぼ均等に傷を受ける。放射線の量は単位重さ当たりのラジカル生成量と考えて差し支えない。

このことは、「低LET放射線」であるX線・ガンマ線が、細胞にほぼ均一に傷害を作るのに対して、中性子線やアルファ線のような「高LET放射線」の場合には、同じ線量(すなわち同じ量のラジカル生成)でも細胞の局所に傷害がかたよって生じることを意味している。つまり「高LET放射線」によって細胞の一部に集中して生じた傷は、「低LET放射線」によって細胞にまんべんなく生じた傷よりも修復が難しい、すなわち細胞に与える影響が大きい、ということなのである。
図. 両方とも生じたラジカルの合計数は同じなので、放射線の量は同じであるが、「高LET放射線」の場合には傷のでき方が細胞の一部に集中している点で異なる。